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 令和2年2月 観刀研究会 (刀剣) 出品解説

 第1号刀   短刀   新々刀  刀工銘   源秀寿 天保五年仲冬為濤斎主人作之 長さ:七寸五分半 
  所見  重ね厚く鎧通しの作り、地:板目に杢交じり、部分的に肌立ち、地沸微塵に厚く付き地景入る。刃紋:のたれに小互の目交じり、足入り
荒めの沸厚く、砂流し金筋、飛焼、湯走り 帽子)浅くののたれ込み、尖りごころに小丸に返る。 彫物)表裏に刀樋を丸止め
秀寿とは
源清麿の前銘となる正行銘時代の天保五だけ秀寿銘を切る。本刀は相州伝を意図したと思える。

 第2号刀   太刀   古刀  刀工銘    (古備前) 正恒 (額銘) 
  所見  地)小板目肌よく詰み、地沸・地景入り、地斑映り立つ 刃紋)表裏ハバキ元は丁子風を主調に小互の目交じり、裏は房の大きい丁子
を交えて、直刃調に小乱れ・小互の目交じり、焼き高めで足・葉入る。 帽子)直ぐに小丸 体配)身幅広く元先の幅差眼立たず
先へも反り付く、中鋒となった力強い体配である。
正恒は平安~鎌倉初期で活躍した名工で、同じ古備前の友成と双璧である 

 第3号刀   太刀   古刀  刀工銘   正則  (雲州住正則) 応永三十口年?
  所見  地)板目に杢・流れ肌を交え、処々やや肌立ち、地沸付き、地景入り、乱れ映り立つ 刃紋)小互の目が総体に連れ、小足入り、沸つき
ほつれを交え、金筋・砂流し 帽子)乱れ込み、表は尖り、裏は小丸共に掃きかける。
正則は備前吉井派で、この派は出雲にも分派にありこれを雲州道永派と称し、正則もこの派 室町初期の作

 第4号刀   短刀   古刀  刀工銘   来国次 
  所見  国次は来国俊の門人で婿となった名工で、一節には作風は相州伝で正宗十哲に挙げられるが疑問と言われる。


 第5号刀   脇差   古刀  刀工銘   羽州住人月山近則  永正九年二月吉日 
  所見  地)板目に流れ肌・杢交じり、部分的に綾杉肌でよく錬れ、地沸・地景入り、白け移り立つ 刃紋)細直刃、僅かに小互の目ごころ
小足、匂勝ちの小沸付き、二重刃かかる  帽子)直ぐに大丸ごころに返り、二重刃
近則は月山鍛冶の一翼を担った刀工で、一説に彦兵衛尉祐定の門人とも伝えられる、日向・薩摩に移住、波平の繋がりあり
この脇差は幕末~明治期の軍人土佐出身の谷千城の遺愛の一振りである

 
  令和2年1月 観刀研究会 (刀剣) 出品解説
  
今回の課題は備前伝の名品を時代別に鑑定

 第1号刀   太刀   古刀  刀工銘   備前国景安 (古備前) 長さ:二尺六寸強 
  所見  板目に杢・流れ肌交じり、肌立ち、地沸付き、地景細かに入り、下半に淡く地斑映り立つ、刃紋は中直刃基調に、互の目、小乱交じり
足・葉よく入り、処々金筋・砂流し入る。帽子は直ぐに小丸ごころ、体形は長寸で元先の幅差が開き、腰反り高く踏ん張りあり
総体的に優美な太刀姿で鎌倉時代初期頃を想定できる、本刀は古備前として鑑定でるが、作者までは不明である
講評で景安の特長は小乱れ調のなかに角張る小互の目が間遠に連れる。


 第2号刀   太刀   古刀  刀工銘   真利 (古一文字):二尺二寸強 大摺上げ 重美  
  所見  小板目肌つみ、地沸つき、地景入り、映りがきれいに見える。直刃調に小丁子・互の目・小乱れ交じり、小足・葉が入り、
匂勝ちに小沸つき、帽子は浅くのたれ、小丸に返る。
講評:重要美術品に認定されている古一文字の真利の大刀である。大摺り上げで腰元の踏ん張りがないが、
なお腰反りが高く、反りが先へ行って伏さり、細身・小鋒で太刀姿


 第3号刀   太刀   古刀  刀工銘   無銘 (伝:福岡一文字):二尺二寸弱 大摺上げ  
  所見  大摺り上げでいろいろな刃紋が現れ特に匂本位の重花丁子が焼き幅高く尖り刃見える
帽子は浅くのたれ、小丸に返る。典型的な福岡一文字でしっかりした姿で丁子映りも現れる
講評:参考刀として鑑定刀として出品したそうで作者は不明


 第4号刀   刀   古刀  刀工銘   備前国住長船五郎左衛門尉清光:二尺三寸弱   
  所見  身巾広く、重ねあり、重量あり、反り浅く武骨な体系で新刀と思われた
講評:清光系は武骨な業物型で、締まった細い直刃を焼き、刃中には匂崩れ、刃崩れが最も多い鍛冶集団で「よだれ清光」と呼ぶ
地肌弱く、黒味を帯び、肌立ち気味で柾目さえ交じり、他の末備前物と違う。
本作は永禄頃の五郎左衛門尉で叢沸の付いた皆焼風の華やかな乱である。播磨国武将赤松政秀が佩刀ある


 第5号刀   刀   新刀  刀工銘   長幸於摂津国作之:二尺三寸強   
  所見  小板目のつんだ鍛えに乱映りがたち、大房な丁子子等を交えて乱れ、処々に腰の開いた乱れが交じり、匂口しまり明るく冴える
帽子は乱れ込んで先端が鋭く尖る。
講評:長幸は紀州石堂系で師の河内守康永が大阪移住しており移り学ぶ、備前伝を主体として作刀、本作は末備前写しだろう
新刀石堂中の屈指の名工


  令和元年11月 会員持寄り研究会 (刀剣) 出品解説
1
短刀 備州勝光
明応六年 
鎧通しの短刀ハバキ元の重ねは10mm以上 棟部にも八幡大菩薩の彫あり、室町中期頃
小板目詰み直刃に少々乱れ、鑑刀日々の書斎品
2
短刀 包貞 大和手掻派で細直刃で匂強く、二重刃
3
無銘 細直刃 
4
越前守助広 小板目良く詰み、地沸微塵に厚くつき、かね冴える。直刃、焼きやや低く、匂幅太めに、小沸
よくつき、細かい金筋・砂流し、匂口明るく冴える。
 
5
脇差 越前守助広 小板目良く詰み、地沸微塵に厚くつき、元を直ぐ焼き出し、大互の目乱、擣瀾刃を呈し、足入り、
匂い深く刃沸厚く付き、細かい砂流しかかり、地刃共に明るく冴える
 
6
短刀 筑前守信秀 清麿の門下中第一の名手、差し表に梵字彫り
7
脇差 南紀重国 板目に杢交じ、流れ肌、やや肌立ち、地沸厚く付き、地景が太く入る。広直刃基調、先に
行くと互の目・丁子、足・葉良く入り匂口深い、江義弘を理想に
8
脇差 越中守正俊 三品系の祖兼道の四男で兄弟の中でも最も傑出して、相州伝・備前伝・大和伝なんでも
こなす。本刀は尖り刃で美濃系として見られる。
 その他参考刀
   
相州の正次・正広・その他5振りと貞勝 御賜の短刀
 令和元年10月 観刀研究会 出品解説
   今月の課題は相州伝の各名工
 第1号刀   太刀   古刀  刀工銘   無銘 伝:越中則重  二尺六寸一分 重美 
  所見  則重は正宗十哲の一人で鎌倉末頃,身幅広く重ね厚い猪首切先なく、反り強く(正宗と違う)、沸本位の焼幅の広いのたれ乱に小乱が交り、
光の強い荒目の沸が付き、刃文が肌にからんで砂流し状、金筋・稲妻などの働きとなる。鋩子は乱込んで尖リ心に浅く返る。
今回の則重は鑑定困難であった、重ね厚く、棟高く、沸強く備前刀に見える。



 第2号刀   刀   新刀  刀工銘   国広 (山城) 初期頃 南北朝写し  二尺三寸 
  所見 

堀川国廣は江戸の長曽弥虎鉄と並んで新刀鍛冶東西の横綱格で、日向(宮崎)国の出身で埋忠明寿の門人となり、さらに諸国を
流転後京一条堀川に定住したのは70歳に近い慶長3年頃で以後門人の育成に努め、84歳で亡くなる。

作柄は埋忠の門人ですが山城はまれでほとんどが相州伝の作柄で、反りが浅く、身幅広く、重ね厚く平肉 付き、切先は延びて、

相州の上作の無銘と間違う程で沸本位の相州伝 本刀は南北朝写し 三ツ棟で焼き低い 樋表裏二筋樋 水影、切先付近互の目


 第3号刀   刀   新刀  刀工銘   葉葵紋)主水正藤原正清  (薩摩) 二尺四寸五分5厘 
  所見 

島津家の由緒ある家臣の一族の家系に生まれる。3代正房門下で学び、徳川8代将軍吉宗が主催した鍛刀のコンクールで、

一平安代と共に最優秀賞と「一葉の葵紋」をナカゴに切る事を許される、作刀は相州伝 本刀は身巾広く、元先の幅差が開かず
反り浅くつき、重ね厚く、中鋒延び、平肉豊でずっしり重い、小板目詰み、流れ柾を交え、地沸厚くき、芋づる入る。帽子は焼き頭に
湯走り、二重刃状、足は入り沸厚くつき荒沸を交える。本刀は派手さないような感じするが、一目見て薩摩刀と判明


 第4号刀   脇差   古刀  刀工銘   長谷部国重 (山城) 32.6cm 
  所見  長谷部鍛冶の起源は、相州伝の開祖である新藤五国光が相州鎌倉の長谷の地に住して、一門みな長谷部を姓とし、鎌倉幕府衰退
で京の有力者を頼って中央に進出、国重は正宗の十哲の一人である。本刀は板目に杢目を交え、刃寄り棟よりが流れて柾がかかり
総体に肌立ち、地沸つき地景入る。細直刃、やや湾れごころを帯び、刃縁ほつれ、小足入る。帽子は直ぐに先丸く返る
彫り:表に素剣、裏に護摩箸 信国に見える


 第5号刀   脇差   新刀  刀工銘   南紀重国 彫:明光山  一尺三寸七分5厘 
  所見  手掻包永の後裔に当たる包貞の子で、紀州藩の初代藩主徳川頼宜と共に和歌山に転住、初代重国は新刀五鍛冶の中に入る名工であり、

御紋康継や堀川国広に比較しても決して劣る作ではない、豪快さいう点では両者より優れている。

本刀:身幅広く平作り、刃文は互の目乱、帽子は返り無し板目に杢交じり地沸厚く強くつき、地景目立つ、彫りは表・裏に素晴らしい
竜浮き彫と? 彫師は明光山とナカゴに銘あり
  令和元年9月 会員持寄り研究会 刀装具(拵え、鍔、目貫、小柄)
 鍔:25点 目貫:8点 小柄:1点 縁頭:1点 拵え:3点 柄:1点 が出品された

 鍔の名品画像
無銘 多聞天図
  桃山?
 
春田毎幹 張果老
 瓢箪と駒
 小田直教 薩摩  肥後八代 
3代甚吾 柳図
  
 藻柄子宗典
 春日山図
 越前 記内
  龍図 
古金工 赤銅 

 伯応 宗寛鍛 美乃国一成 現代   鉄元堂 正楽
 金印 夕立図
 菊岡光朝 江戸
 カブトムシ、チョウ
 大小 無銘 赤銅 後藤系?    大小 無銘 銀製 
  令和元年6月 会員持寄り研究会 出品解説
 第1号刀   刀   新刀  刀工銘   肥前住播磨大掾藤原忠国
  所見  名は橋本六郎左衛門、初代忠吉の門人で、娘婿である吉家の次男として生まれで、初代忠吉の孫になる。
播磨大掾を受領後忠国と改名、この一門は本家の傍系で本家の直刃に対して、沸の荒い乱れ刃を主力として、
肥前物としては肌立つ。反り強く先反り気味、身幅は頃合い、地肌もよく締まって沸荒く、砂流し多く、
中々賑やかな丁子乱である。銘については磨の字の下が「石」でなく「手」になるのが初代忠国である

 第2号刀   脇差   新刀  刀工銘   相州住伊勢大掾綱広 
  所見  綱広は新刀期3代にあたり、明治期14代で終わる。家系は現代も続く、今回の綱広は5代で江戸~明治までの
同家随一の良工、一説では虎徹の師ともいわれるが定かではない、作柄はガッチリした、やや先反り気味のある
鎬地の低い姿に、湾乱や濤瀾乱風の大互の目乱、乱の谷には必ず叢沸は付く、地肌は小板目鍛え、
彫刻は表には不動尊、裏には龍はよく彫られている。。一瞬見て虎徹と思われた。

 第3号刀   刀   新々刀  刀工銘   栗原謙司信秀  文久二年十一月日 
  所見  生国は越後長い間鏡師として、1850年に江戸へ清麿門下となる。作柄は師に似た豪壮な姿ですが鋭利感と
品格に欠けるが、新々刀屈指の名手、身幅広く切先の延び、フクラの枯れた先反りで長寸で重ね薄く、
刃文も師に似た大互の目乱、初期は頭揃った互の目丁子風、晩年は志津三郎風の
大互の目乱を焼く、地肌は小板目肌、本刀の鑑定刀は無地風で中期頃の作である。出来の良い名刀

 参考刀
No   種類    銘文    備考
短刀 信国 筑紫    直刃
短刀 包清 直刃 手掻 直刃
薙刀 長曾弥奥里入道乕徹 真偽不明 互の目
陸奥守包保 左陸奥   直刃
無銘 二王系  (三原?)細直刃
無銘 古宇多  (則重?)直刃 
城州住藤原国廣
 慶長十八年十一月 裁断銘
互の目乱で最上作の出来で見応えあり
  平成31年5月観刀研究会 出品解説
 第1号刀   短刀   古刀  刀工銘   来 国光 (山城) 九寸三分 
  所見  来派の国光は来国俊の子、又は門人かで来一門の正統をついで、鎌倉末期から南北朝初期に活躍した名匠
今回の鑑定刀は小板目つみ、地沸微塵に厚くつき、色違いのの変わり鉄現れ、沸映り鮮明に立ち、
刃は浅い湾れに小互の目を交え、足・葉は入り小沸よくつき金筋・砂流し、帽子は乱れ込み、先尖りごころに変える。
山城の三ツ棟、尋常な身幅で、重ね厚く僅かに内反り 来肌

 第2号刀   太刀   古刀  刀工銘   備州長船住元重 (備前)
  所見  板目に流れ肌・杢交じり、やや肌立ち、部分的に地斑状の肌合い、地沸付き、地景は入り、乱れ映り立つ
刃)小互の目に角ばる刃・小丁子風、小乱れごころの刃交じり、足葉よく入り、匂深めに沸厚くよくつき、金筋 
帽子)真っ直ぐに立ち上がり先尖る。彫刻)表裏の棒樋を丸止め

 第3号刀   短刀   古刀  刀工銘   宇多国房 2代(越中)  
  所見  宇多系の祖は大和国より越中に移住し、本作の国房は応永年で2代、小板目良くつみ、地沸微塵に厚く付き、
地鉄が明るい。刃)広直刃調浅く湾れごころを帯び、小互の目交じり、刃縁に湯走り、足・葉は入り、
匂深く沸つき、明るく冴え、金筋・砂流し、帽子)湾れ込み小丸ごころ、先掃きかけて深く返る 
(彫刻)表裏に樋を掻き通す。重要美術品に認定、来国光・国次の
作域を範として作刀したものと考えられ一緒に並べても貫禄負けしない名品、
来肌や明瞭な沸映りはないので今回鑑定刀で難しい一振り

 第4号刀   刀   古刀  刀工銘   無銘 (青江)
  所見  板目に杢交え、鍛えつみ中直刃を焼き、匂出来一瞬見た感じでは肥前忠吉と鑑定するがよく観察すると
地斑映り現れて地肌は青黒みがかかる。鑑定としては困難な一振りである

 第5号刀   刀   新刀  刀工銘   長曾弥奥里入道虎徹 寛文二年 (江戸) 
  所見  正宗・虎徹と言えば刀剣の代名詞であり、知らない人はいないほどである。虎徹は越前で一流の甲冑師であり、
越前には康継がいて交流があったと思われる。甲冑師としては生計が成り立たずに刀鍛冶に転職する。
師は相州綱広や和泉守兼重と言われる
本刀は大阪焼き出し風で反り浅く、寛文新刀特有の姿に小板目肌つみ地沸付き、
刃紋は小のたれに互の目所々に飛び焼きあり、美濃系の焼き高低があり、瓢箪刃となる交じるが見える。
中期頃の作と思えます。
  平成31年4月観刀研究会 出品解説
 第1号刀   太刀   古刀  刀工銘   金象嵌銘 助真 (相州鎌倉) 
  所見  助真は福岡一文字助房の子で鎌倉幕府の将軍のお召に応じて鎌倉に移住し鎌倉一文字一派樹立
今回の鑑定刀は太刀で鎌倉中期姿で身幅広く重ねやや重い、華やかな大丁子乱れに小沸、板目に乱れ映り少々
相州伝と変わり飛焼風となる、樋と独鈷剣掘り(先端彫りは相州彫り)

 第2号刀   刀   新々刀  刀工銘   石堂運寿是一 (江戸)
  所見  身幅やや広く、元先幅差開かず、重ね厚く鎬幅狭い、反り深く、小板目詰み、無地風、地沸つく、刃紋は備前伝の丁子
足が長く刃先に抜ける、湾れに丁子が交じる、帽子は地蔵風、樋あり茎まで伸びる

 第3号刀   刀   古刀  刀工銘   冬廣 (若狭)  
  所見  若狭の冬廣は相州広次三代目の子で若狭の小浜に移住して幕末まで同名が続くが、初代と2代以降は見劣り
今回の3号刀は鑑定困難であった。相州伝で湾れと箱乱れ叢沸が付き、飛び焼きある板目、初代は2字銘、で2代は作つく

 第4号刀   短刀   新刀  刀工銘   近江大掾藤原忠広 忠吉2代 肥前
  所見  小板目つみ、地沸が細かく付く梨子地風、二重刃風、食い違い目立つ、身幅広く、重ね厚い帽子はやや掃きかけ小丸
彫り:表に三鈷剣、裏に真の俱利伽藍
直刃での初代と2代の見極めは初代は若干湾れごころが感じられ、のたれの谷に沸が付くもの多し、
2代は真の直刃を焼くが刃中の沸の中に、掃きとったようにして小互の目風を現すことが多い

 第5号刀   刀   新刀  刀工銘   板倉言之進照包 摂津 
  所見  照包は美濃出身で摂津の包貞門下となり、2代包貞となるが、初代師の子が3代を継ぐ、その後照包と改名
身幅広く、元先の幅差開き、反り浅く付き、小板目つみ流れ柾が現る、濤瀾刃に飛焼く、足は入り、匂深く、沸厚くつく
 
  平成30年5月観刀研究会 出品解説
 第1号刀   短刀   古刀  刀工銘   来国光
  所見  三ッ棟、小板目肌つみ、処々変わり肌合い交じり、帽子:乱れ込み、 先尖り僅かに掃きかける。澄肌 映りは沸映り、
 

 第2号刀   刀   古刀  刀工銘   古備前(国綱)重要 
  所見  細身で腰反り付き先伏しこごろある平安時代、さほど映り目立たなく肌荒れぎみ、帽子はふくらに沿って僅かに返る、
小乱れ刃、足、葉入り

 第3号刀   刀   古刀  刀工銘   備前長船兼光 重美
  所見  平脇差彫刻あり、のたれ、小板目小杢交じり、淡く映り、 小湾れ主調に互の目を交え

 第4号刀   刀   古刀  刀工銘   金粉銘長義 号:柳生長義
  所見  身幅広く、重い、板目肌に杢目を交え、地沸つき、大湾れに角張る 互の目肩落ち風互の目、帽子:乱れ込み、
突き上げに掃きかける

 第5号刀   刀   新刀  刀工銘   主馬首一平安代
  所見  直刃、小板目に杢目交じり、鉄は黒みがかる。芋蔓風の沸筋なく、帽子:表裏焼き深く、一枚風となる
  平成30年6月観刀研究会 出品解説
 第1号刀   刀   古刀  刀工銘   金象嵌 延寿国時
  所見  直刃低く小乱れ付き、白気目立たず、地肌僅かに流れ肌 帽子は先に丸みが大きく、返りが短いもの多く、
身幅広く、小板目よく詰む,来系と同じで初代国村は来国行から指導受ける

 第2号刀   刀   新刀  刀工銘   興正 
  所見  興里(虎徹)の養子となり作品少ない。反り少なく元先の差ない沸本位の湾れ心のある広直刃、帽子は小模様に乱れ込んで
帽子小丸で浅く返る。 

 第3号刀   脇差   古刀  刀工銘   羽州住人月山近則   永正九年二月    明治軍人の谷千城の遺愛
  所見  板目に流れ肌・杢交じり、部分的に綾杉がかかった肌、地沸付き流れ柾交じり、肌立、地沸つき、白け映り立つ、
細直刃、僅かに小互の目ごころの刃交じり、小足、二重刃 帽子は直ぐに大丸ごころに返り、二重刃で大鋒切先

 第4号刀   刀   古刀  刀工銘   兼元
  所見  身幅広く、元先幅差なく、平肉乏しく、反りつく、中鋒延び、板目に流れ柾交じり、肌立、地沸つき、白け映り立つ、

 第5号刀   刀   古刀  刀工銘   無銘 当麻  特重要
  所見  大和物の中で一番シッカリした姿恰好で太刀は長寸で反り浅く身幅広い沸本位の中直刃仕立を焼き、多少小互の目乱の交る
刃縁に沸の働き、鋩子は穏やかに変える。地肌は大和物の中で一番板目肌が締りやや堅く感じられて線状を呈し
新々刀、新刀に見え 鑑定困難
  平成30年10月観刀研究会 出品解説
 第1号刀   刀   古刀  刀工銘   無銘 備州長義
  所見  板目肌に杢交じり総体に肌立つ、地沸付中程に乱れ映り出る、小のたれに互の目、身巾広く、相州備前伝
帽子は乱れ込み掃きかける。最も備前離れした刀工

 第2号刀   刀   新刀  刀工銘   大和守 安定 
  所見  小板目よくつみ地沸厚き付、地景細かく入る、のたれ調に互の目交じり、処々乱れが箱かかり、焼き高く足入る、
帽子は直ぐに丸く返る、反り浅く、元幅より先幅が狭くなる。表に「八幡大菩薩」裏は梵字と素剣を彫る

 第3号刀   刀  新々刀  刀工銘   備前介宗次
  所見  小板目つみ、備前伝片落ちで映りあり、重量感あり、刃紋は丸く互の目で3つの山を繰り返す特徴あり、乱の谷が深く足入る
帽子は乱れて丸く返る。師は加藤綱英、白河藩工

 第4号刀   太刀   古刀  刀工銘   備前長船家助
  所見  長寸で細身の太刀、板目に杢交じり、肌立つ、地沸、地景入り乱映り出る。腰の開いた互の目に丁子刃、尖りごころ、
帽子は乱れ込み先尖りごころ、応永備前で盛景の門人で小反り物を代表する刀工

 第5号刀   刀   新刀  刀工銘   山城守国包(2代)
  所見  仙台住、大和伝保昌系末流で鎬高く柾目肌が細く沸本位の細直刃でハバキ付近踏ん張りあり、身巾広い、初代の師は
越中守正俊初代と2代の区別は”包” の己部が初代は乙で2代は数字の二となる
  平成31年1月観刀研究会 出品解説
 第1号刀   太刀   古刀  刀工銘   国縄(国綱) 古備前  重要美術
  所見  板目に杢交じり、少し流れ、肌立ち、地沸つき、地景入りやや鉄色黒みがかり,地斑映り立つ、小乱れに小丁子・小互の目交じり、
足・葉よく入り、匂口やや深め、金筋、砂流し 帽子:直ぐ小丸大刷り上げ、細身で元先幅差がつく、 
焼き高いが、時代が下がると思うが鎌倉初期の古備前である

 第2号刀    太刀   古刀 刀工銘   備州長船次行  
  所見  板目に杢目・流れ肌交じり、肌立ごころに地沸付き、地景で太く変わり鉄状現れ、地斑、淡く乱映り
小湾れに小丁子・小互の目、小沸つき金筋・砂流しかかる:帽子は乱れ込み先尖りごころ、表裏に棒樋
次行は備前小反りの一人?師光が有名で似るので私は鑑定して当りとなる。南北朝後期~応永 次行の資料は無い


 第3号刀   太刀   古刀  刀工銘   相州住綱広   天文十七年戌申二月日 
  所見  板目に杢・一部流れ肌交じり、処々肌立、地沸、地景、腰元白映り立つ、刃紋は細直刃に小互の目ごころの刃交じり、
小足入り小沸むらつく、帽子:直ぐに大丸、彫刻は表裏に棒樋に梵字、護摩箸、蓮台、裏に梵字、草の倶利迦羅、この太刀は
天文十七年と年号ありで、初代綱広と思われる。 通常はとび焼き、棟焼き、交る皆焼きが多く、この太刀は直刃を焼いたのは
注文された一振りである。素晴らしい綱広の作品

 第4号刀   刀   新刀  刀工銘   主水正藤原正清
  所見  身巾広く、元先の幅開かず、反り浅く、重ね厚くずっしり重い、小板目つみ、流れ柾交え地沸厚くつき、地景はいる。
帽子と刃紋:焼き頭に湯走りがかかり、二重刃状となり足入り、沸厚くつき荒沸を交る。明るく冴え、太い沸筋・砂流し


 第5号刀   太刀   古刀  刀工銘   長船兼光
  所見  板目つみ処々杢目交え、地沸つき、地景細かく入る、乱れ映り立つ、丁子を主調に小互の目・小丁子・蛙子風の丁子交じり
匂い深く小沸つき、足・葉繁く入る。兼光は景光の子で鎌倉後期~南北朝初期頃
 
  平成31年3月観刀研究会 出品解説  今月の課題として古刀~新々刀での備前伝による相違い
 第1号刀   太刀   古刀  刀工銘   長光 備前
  所見  板目に杢交じり、少し流れ、肌立ち、地沸つき、地景入り乱れ映り立つ、丁子を主調に
小互の目・小丁子・蛙子風の丁子交じり匂い深く小沸つき、足・葉繁く入る。帽子は少し乱れ込み、先焼詰め風、三作帽子、
、細身で、 焼き高いが、鎌倉初期の古備前と思われる


 第2号刀    刀  新々刀 刀工銘   荘司筑前大掾大慶直胤  (花押)  文政四年五月日
  所見  小板目詰み、地沸つき、地景入り、乱映り立つ、刃)角張る互の目・片落ち互の目など帽子)乱れ込み、先尖り返る。
身巾尋常で元先の差が開き、反り付き太刀風の作り込み、
直胤は師水心子正秀の影響で復古造法論をよく実践した
刀工で、本作は備前兼光写しの優品刀


 第3号刀   刀   新刀  刀工銘   長幸於摂津国作之
  所見  小板目つみ、地沸細かにつき、地景入り、乱れ映り立つ、身巾尋常、元先の幅差開き、反り深く、帽子)乱れで尖り乱れ込む、
末備前の祐定写し処々に飛び焼きあり、足・葉入り、匂口締まって小沸つき、明るく冴え金筋・砂流し僅かにかかる


 第4号刀   太刀   古刀  刀工銘   備前国住長船与三左衛門尉祐定  応永十二年八月日
  所見  小板目よくつみ、地沸厚くつき、地景細かにはいり直ぐ状に映り立つ、刃紋)腰開き、互の目に互の目・丁子風の刃など交え、
足・葉入り、小沸よく付き明るく冴える金筋、帽子)乱れ込み先尖りごころ、長く返る、表裏腰元に梵字の彫刻、
片手打ち、身巾広く、先元開かず


 第5号刀   太刀   古刀  刀工銘   備州長船盛光   応永十二年八月日
  所見  板目に杢交じり、地沸付き地景入り、乱れ映り立つ、刃)丁子に互の目交じり、乱れの腰開き、足・葉入り、匂口やや締まりごころ 
帽子)乱れ込み、裏やや尖り返るが表は小丸に やや長寸で反りの深い太刀姿、一見すると一文字や光忠・長光等の
初期備前物を想える 
 
  2019年11月28日奥出雲のたたら製鉄へ
   
   日本美術刀剣保存協会のたたら工場と日立金属会社    工場内部は別会社で立入禁止 当日は近くの小学校でたたら製鉄
   実演してるそうで見学行かず 
   
 奥出雲たたらと刀剣館 たたら工場から車で10分の所にある  奥出雲たたらと刀剣館内にある たたら製鉄炉の構造
   今月の日本100名城 画像
      備中松山城 2019年11月末撮影         備中松山城 2019年11月末撮影
備中松山城城  日本100名城68番  重要文化財
標高430メートルの臥牛山山頂にあり、現存天守を持つ山城としては
最も高い所にある。臥牛山は4つの峰からなり、小松山に本丸・二の丸・
三の丸が階段状に配され、大松山、天神の丸、前山にも遺構がある。
麓の城下町から約1,500m、1時間ほど
現在の城主が話題になっております。
 それは猫 ”さんじゅうろう” 4歳は常時皆さんを迎えてくれる

  備中松山城 天空の城 展望台より撮影
天空の城の一つで朝6時に展望台に到着するが雲海発生せず
備中松山藩主
池田家2代 外様 6万5千石 (1617年 - 1641年)
水谷家3代 外様 5万石 (1642年 - 1693年)
安藤家2代 譜代 6万5千石 (1695年 - 1711年)
石川家1代 譜代 6万石 (1711年 - 1744年)
板倉家8代 譜代 5万石 (1744年 - 1871年)
 
お城画像 横浜支部会員 撮影  現存12天守 国宝と重要文化財
 
重要文化財 松山城 2015年4月撮影    重要文化財 宇和島城 2015年4月撮影 
 
 
重要文化財 高知城 2015年4月撮影  重要文化財 丸亀城 2015年4月撮影 
    
 国宝 姫路城 2016年4月撮影   国宝 彦根城  2015年10月撮影  

 国宝 犬山城  2015年10月撮影    国宝 松本城  2015年10月撮影
 
 国宝 松江城  2019年11月28日 撮影   重要文化財 弘前城 1984年5月撮影 
 
 

      天空の城 4箇所あり
重要文化財 丸岡城 2015年10月撮影   重要文化財 備中松山城(参考画像)
 
 
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